大島さん:幼稚園のころはそうでしたね。私は引っ込み思案な子どもでした。女の子のボスにジャングルジムに登らされて、みんなから一斉にボールを当てられたことがあって。小さいボールだから痛くはないけど、決していい気分ではない。「これが遊びなの?」と違和感がありました。
── 小学生になると、その「違和感」が明確な形になったと。
大島さん:今度は別のボスの女の子がいて、「お菓子を買ってきて」とパシリにされたり、3、4人で自転車で移動するときに私を先頭にさせて、目的地に着いたら私ひとりだったり。4年生のときがいちばんハードでした。砂場で女の子たちが勢いよく穴を掘っていて、呼ばれたと思ったら「よし、オッケー!」の掛け声で服を脱がされてそのまま砂に埋められたんです。
あまりの恐怖に「なんでそんなことして笑ってるの?」と泣き叫ぶと、「みい(みゆき)が泣くと面白いからだよ」と言われました。トイレに押し込まれて上から水をかけられたり、毎日、何かしらのいじめを受けていました。
(略)
── その後、いじめの連鎖は止まったのでしょうか?
大島さん:私が無視されているときに、自分がいじめられる覚悟で心配して声をかけてくれた女の子がいて。「大丈夫?」「私と喋ると無視されるよ」「そんなの関係ないよ」って。この言葉の影響も大きかったんだと思いますが、「こんないじめの連鎖、止めよう」って、勇気を出して周りに声をかけたんです。
まずはいじめられる人の気持ちをわかってもらうために、みんなでボスを無視したら、2日で彼女が泣いて謝ってきて…そこでおしまい。でも、いじめられた側の傷はそこからが長いんですよね。
── 大人になってから、当時の加害者と接する機会があったそうですね。
大島さん:27歳のころ、番組の企画でいじめの再現VTRが放送された後、当時のボスから電話がかかってきたんです。私は心のどこかで「あのときはごめんね」という言葉を期待していました。でも、彼女が放ったのは「ああいう放送は辞めてほしい。名前を出さなくても私ってわかるから」という言葉でした。
── 謝罪ではなく、自分の体裁だった。
大島さん:「あぁ、変わってないな」と。そこからもう関わってないです。周りから「そろそろ許してあげたら?」と言われたこともありますが、27歳のときにあの感じだと難しいですよね。
引用元: ・「裸で砂場に埋められ」森三中・大島美幸、壮絶ないじめ。27歳で加害者に言われた「絶望のひと言」と消えぬ傷 [ネギうどん★]


コメント