フジテレビのドラマ「夫婦別姓刑事」を舞台にした「ハラスメント」問題の主な当事者は出演の佐藤二朗側、橋本愛側、フジテレビ側の三つに絞られる。そして主に以下の情報をもとに議論が行われている。
(1)週刊文春の初報(7月9日号)と続報(7月16日号)
(2)フジテレビの公式声明
(3)橋本愛の所属事務所――これは(2)を追認する簡潔な内容
(4)週刊新潮(および新潮QUE)掲載の佐藤二朗インタビュー
(1)~(3)は概ね似た立場で、(4)はそれらの主張や見方へのカウンターという構図と言えるだろう。
奇妙なのは、橋本に同情的な人たちが(1)が示したストーリーをほぼ全面的に受け入れている点だ。文春の記事では、佐藤が完全に「悪役」として描かれている。これを読めば、多くの人が「悪いのはこのおじさんだ」と思うだろう。当然、結果として橋本への同情は集まりやすい。
しかし少し冷静になれば、これはいささか倒錯的な状況だと言わざるを得まい。そもそも(2)~(4)を見る限り、関係者の誰も事態が表に出ることを望んでいなかった。それは単に不祥事が表に出ることを嫌ったというよりは、橋本が個人的に抱える問題を表に出してはならないという意識があったからだという。
それを表に出したのは言うまでもなく(1)の文春報道。従って、橋本に同情するのならば、当然、(1)に対する憤りを抱くのが自然だろうし、その報道をすべて鵜呑みにするのが正しい姿勢なのかは疑問が残るところである。
こんな証言もある。
「今回のドラマの舞台でトラブルがあったという情報は、文春報道の前から結構業界では出回っていました。それで取材に動いたメディアも複数あったようですが、橋本さんへの配慮を強く求められたことで、記事化を思いとどまったそうです。フジレレビ側から法的措置を匂わされたことも原因だと聞いています。昔と違って、訴訟リスクや社会的な公益性を考慮して記事化しないことは増えていますから。
今回、文春がそうしたリスクをどう考え、どう乗り越えたのかは不明ですが、彼らの記事のトーンが実態に即したものなのかは疑問が残りますね」(芸能担当記者)
実のところ、佐藤を一方的に断じる人の中には、文春の用いた「テクニック」によって掌の上で踊らされている感がなきにしもあらずである。いくつかのテクニックを具体的に見てみよう(なお、佐藤、橋本の実際のやり取りなどについては、双方の言い分が異なるため、ここでは触れない。あくまでも文章のテクニックについてのみ触れる)。
まず目立つのは佐藤の言葉に「!」をつけている点だ。
「(身体接触の)制限があるなら事前に言うべきだ!」
「あなたは役者をやるべきではない!」
こうした言葉を発した時の様子に関しても「まくし立てた」という表現になっている。これらは(2)には無い要素であるが、読者には語気強く迫る佐藤の姿が目に浮かぶようにイメージできたことだろう。
(略)
「爆弾ハラスメント」という造語
さらに佐藤の印象を悪くしているのが、週刊文春のタイトルに用いられている「爆弾ハラスメント」という言葉だ。もちろん造語であり、佐藤出演の映画「爆弾」にちなんだものである。これが佐藤の“悪役感”を増幅するのに効果的なのは言うまでもない。映画で彼が演じたのは、得体の知れない爆弾魔の中年男。密室で彼と向き合う刑事たちはその言動に翻弄される。
こんな中年男と楽屋で向き合うのはどれだけ辛いことか――「爆弾ハラスメント」という言葉からそんな連想をした人がいたであろうことは想像に難くない。このワーディングが、佐藤の印象を悪くするのに寄与したと言えるだろう。
今回の件について、より客観的な見解を求めるべく、これまで数多くのハラスメント案件を扱ってきて『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで―』などの著書を持つ井口博弁護士に見解を聞いてみた。まず佐藤の行為をどう評価するか。
続き、全文はソースで
https://www.dailyshincho.jp/article/2026/07160532/?all=1
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引用元: ・文春「爆弾ハラスメント」という言葉の効果 文春の見立てに乗じて「佐藤二朗バッシング」する人は何をエネルギーとしているのか [ネギうどん★]


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